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その隣、レジ脇に確保されているひと棚に、家族やセクシュアリティなどの本が入っている。フェミニズム叩きが続いて女性問題系の本が敬遠されるなか、こうした棚が以前と同じ場所にスペースも変わらずにある。 店頭在庫のほぼ5割を占める北海道から沖縄まで地方の出版社の本は、天井まで届く棚にびっしりと詰まっていて、土地土地の文化や歴史が丹念に記録されていることがわかる。その地域の気運を感じるコーナーだ。 畠中理恵子さんは、転職組。前職、(株)ニューアート西武(美術洋書輸入販売業)から1988年に(株)地方・小出版流通センターに入り、その小売部門である書肆アクセスに勤務。94年から店長を務めている。 * * *
書店さんや版元さんの勉強会がよくあって、この業界のひとたちは本当に勉強熱心。出版流通の問題を考えたり書店員の話を聞いたりして、情報交換する機会を積極的にもっている。レベルが高いし、仕事もできますよね。 例えば、『書店風雲録』(本の雑誌社)の著書があるジュンク堂池袋店の田口久美子さんは本当に素敵な方ですよね。田口さんの周囲にいる書店員は、田口さんのことが好きで憧れて集まってきて、尊敬する田口さんががんばっていれば、後輩も同じようにがんばろうと思う。だから、集合体としてもレベルが引き上げられるのではないでしょうか。 私? 私は、楽しく働ければいいと思っているだけ。今、お店には私以外に女性のスタッフが二人いるけれど、変だと思うことは変だと率直に言い合えるようにしている。できているかどうかはわからないけれど、少なくとも信頼関係をつくりたいとは思うし、そうすることが楽しく働くことなんじゃないかな。 もちろん、店長の私が言うことに不満を感じることも多いでしょう。けれど目的は本を売ること。その目的に向かってみんなが努力してくれればいい。実際にうちのスタッフは一生懸命にやってくれているから助かっています。 仕事は、みんながみんなできるといいよね。それぞれが様々な過程の仕事に関わるという意味で、他の人の仕事ぶりをよく観察しながら。分担して効率を図るということではなくて、ひとによって気がつくところは違うわけだから、それぞれのアプローチで仕事をこなしていけるといい。 お客さんに対して、1冊の本に対して、納品、返品への対応、それぞれのアプローチの仕方が違う。その違いを活かせるようにしたい。 だって、みんな自分の方法で自分を活かしたいと思っているでしょう。自分を活かせられたら、なによりだよね。働く喜びだと思います。 * * *
本当にそうだ。そんなふうに思う上司の下で、自分なりの工夫や意識を活かすように働くことができたら、やりがいだって感じられるのではないだろうか。でも、ビジネス書のコーナーにいけば、コーチングや職場の上司や部下との付き合い方に関する本が積み重ねられているように、人を活かすように他者に働きかけたり、自らが問題意識をもつというのは決して簡単なことではない。多くの働く人達の悩みの種でもあるし、働きはじめたばかりの若い人が、最初からもっているものとも思えない。畠中さんは、いつぐらいから意識的に働くことや本を売ることのおもしろさを感じるようになったのだろう。 * * *
前の職場ニューアート西武には、大学4年生の2月に採用があるかどうか電話で聞いてみたの。ニューアート西武は当時、西武美術館の隣にあったアール・ヴィヴァンという洋書を扱っているお店を運営していて、そのお店が好きだったから働けたらいいなと思って。そうしたら、ちょうど面接をしているから来てくださいということになった。 運よく入ることはできたけれど、私は、役に立たなくて。 学生気分のままで、仕事への問題意識をもっていなかったんでしょうね。周りが大人で寛容だったからそのひとたちに助けられていたのに、周囲も見えていなかった。甘い夢心地のままでした。 ただ中にひとり、親にも言われないようなことを言って怒ってくださる上司がいた。「あなたは全くダメだ」って。あまりに幼く、幼いことにさえ気付いていないという意味だと思いますが、そのときはただ批判され嫌われているのでは、と悩みました。今は、大恩人だと感謝していますが……。 アール・ヴィヴァンには、本当におもしろくて個性的な人が大勢いた。ニューアカデミズム全盛で現代美術の最前線、セゾン文化の真っ只中といった空気で、ものめずらしくて刺激を受けましたね。毎週日曜日には店長が飲みに連れていってくれて、絵や絵描きの話、小説など、知らない世界の話をたくさんしてくれて、すごく楽しかった記憶があります。自然と絵の見方や小説の読み方を教えてもらうことができました。前衛的で自由な、とてもいい職場でした。
だけど、知的好奇心を満たされても、働いているような気分でいたとしても、自分はこのままでいいのかなぁと疑問をもつようになったんですよね。20歳代の頃は、わからないなりに自己実現をしようと前のめりになっていて、このままじゃいかんと2年ほどで辞めました。 2度目の職場、書肆アクセスに入ったのは25歳のときです。このときは、1度目の職場での経験や自分自身を見つめなおすことで、からまわりせず、少し冷静に仕事に取り組むことができたような気がしますね。 転職っていい! あのままいたら自分は働くという意味がわからなかったから、転職してよかったと思いますよ。 30歳のときに、前任の店長が産休に入って職場を移ることになり、その後をついで店長になりました。 店長になって数年は最悪でしたね。何がなんだかわからずに店長をやっていました。前の店長、鬼塚さんのすごさを改めて実感しました。 どんどん棚がガタガタになって、疲弊してくるんです。本を埋めていく作業ができないんですよ。売れたものをただ補充して並べていけばいいってものじゃない。新刊や旧刊のバランスを考え、時事を探りながら棚をつくっていく。それから、「置かない」ことをどう位置づけていくか、本当に難しく混乱しました。売上の面では、まだ時代が多少右肩あがりだったから助けられていただけ。上司や同僚もなにかと助けてくれ、版元や取引き先の方、お客さんが見守ってくれたからやってこれたのだと思います。 * * *
同書によると地方小の代表である川上賢一氏は「弱冠二七歳のときに他メンバーと共に地方小を設立、その後二十六年の長きにわたり社長です。率直な物言いのため、時々誰かと喧嘩したりもするようですが、出版業界での人望は厚く、たくさんの友人・知人に囲まれています」とある。 地方小の電話がつながりにくいのは、川上さんがさまざまな人とこの業界の動向を情報交換をしていて、なかなか電話が空かないからだとまことしやかに噂されているが、書肆アクセスが注目を集める理由のひとつにネットワークの広い川上さんの存在もあるのだろう。 * * *
稼ぐことは大事 結婚したのは29歳のとき、店長になる少し前です。仕事をやめて家に入ろうという気持ちにはなりませんでした。夫も全く干渉なしです。仕事をセーブして家庭を大事にしてほしいという話もなかったし、やるだけやりなさい、できるならね、と好きにさせてくれています。 だけど、夫は愚痴を聞くのが好きじゃないのね。愚痴をこぼしても俺は何もできないよ。俺はあなたじゃないからわからない、と言われてばかり。なんて冷たい男だと思ったけれど、確かにその通りではあるのよね。愚痴をこぼすって、相談しているわけでもなく、相手をただはけ口にしているわけだから、聞いているほうはつらいんでしょう。でも私は直情型だから、相手にぶつけてしまいますけれど(笑)。 とにかく家事が嫌いだから、家で家事だけすることはできない性分です。仕事を続けているのは経済的な問題が自分にとっては大きいですね。 稼ぐことは大事。仕事イコールお給料をもらうものだという認識があります。
最悪だった店の状態が少しずつ改善されていったのは、お客さんの持っていらっしゃる情報でいろいろ勉強することができたからです。ほかの書店の方もよくおっしゃいますが、お客さんに教えられました。売る本もお客さんが教えてくれて、店がつくられる。 例えば、「こんな本を探している」「こんなことに興味がある」という日頃店頭で受ける質問。また、同業の方とのプライベートなお付き合いでの会話。いろいろなときに出る本の情報を大切にして、店の中に放していく……という気持ちでした。 本屋っておもしろいよね。人が出ていって入ってきて、そこ(店)の中で活動するのはとっても好き。まず、本そのものがおもしろいでしょう。いろんなことが書いてあって、触っても楽しい。置いてそこにあるのを見るのも楽しい。本の周辺にいるみんなもおもしろい。 そのおもしろさは、もしかすると八百屋とかで働くのと同じなのかもしれないけれど、私は本が好きだから本屋で働いているんだろうね。 * * *
書肆アクセスに本を置いてもらうわけではないのに、神保町にくると書肆アクセスに寄ってしまうという営業担当を何人か知っている。この店に来ると、営業活動で緊張した気持ちが解けてホっとするのだという。ご近所の版元の編集さんもフラリと来て、世間話をされて客商売の邪魔にならないようにサラっと帰っていく。いただきもののお菓子を、同じすずらん通りにあるアジア文庫のご主人におすそ分けしているのを見たこともある。一般のお客さん以外にも、出入りの多い本屋さんなのだ。 これはひとえに、畠中さんを筆頭にしたお店のスタッフ皆さんのお人柄によるものだろう。 最後に本を売るってどういうことなのか聞いてみた。 * * *
慣れてはいけない 本を売るというのは、言葉のままです。求めている人に求めている本を売る。気をつけているのは、毎日入荷してくるものをよく見て、お客さんの動きをよく見ることですね。 よく観察することが売上げにつながっていくものだと思います。ボヤッとしていると日常に慣れてしまうんだけど、同じことの繰り返しのように見えても、実は日々変化しているもの。一瞬一瞬同じではないので、慣れてはいけないと自戒しています。 (新水社 鷹野原美奈)
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